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八重樫東

八重樫東 | 最強チャンピオン・ローマンゴンザレスにも挑んだ激闘王!

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八重樫東 | 最強チャンピオン・ローマンゴンザレスにも挑んだ激闘王!
世界タイトル3階級制覇を成し遂げた八重樫東をご紹介!
日本ボクシング以上亀田興毅・井岡一翔に続く3人目の偉業を達成!
強敵との対戦を恐れず、ローマンゴンザレスや全盛期の井岡一翔との試合も経験し、ついたあだ名は激闘王!
八重樫東 戦績:31戦25勝(13KO)6敗

八重樫東のアマチュアキャリア

黒沢尻工業高校 時代、2000年に インターハイ モスキート級全国優勝をしています。
その後は大学アマチュアの名門、拓殖大学 に入学しています。

先日のトリプル世界タイトルマッチで壮絶なKO敗けを喫した 内山高志 選手の後輩となります。

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2002年の国体成年の部でライトフライ級優勝。 ボクシングの名門、拓殖大学で副主将もしていました。
70戦56勝(15KO・RSC)14敗の戦績を残しています。

2005年3月26日、現在 井上尚弥の所属している大橋ジムからプロデビューします。

つまり、井上尚弥のジムの先輩にあたります。

3試合連続2ラウンド以内のKO勝ちをし、4試合目は3-0の判定勝ちしています。

そしてわずか5戦目にして、タイのウィラサック・チュワタナと東洋太平洋王座決定戦を行い、5ラウンドKO勝利をし、東洋太平洋チャンピオンとなっています。

これは日本最速のタイ記録となります。

同年9月に初防衛後、世界挑戦の準備に入るためにタイトルを返上します。

2007年6月4日、イーグル京和の持つ、WBC世界ミニマム級王座に挑戦するが、2ラウンド目に偶然のバッティングにより、顎を2箇所骨折し、0-3の判定負けとなります。

・・・世界タイトルマッチは12ラウンドあります。
2ラウンド目に顎を2箇所骨折して、その状態のまま10ラウンド戦い、判定まで行くって凄まじい根性ですよね・・・。

骨折だけでも相当痛いのに、相手はそこをめがけて思いっきり殴りかかってきますからね・・・。

骨折後の復帰戦では3-0の判定勝ちを収めたが、同年2008年7月1日、日本タイトル挑戦権獲得トーナメント準決勝で辻昌建に判定負けで敗れ、決勝進出はできませんでした。

同年10月18日、復帰戦で須田拓弥とライトフライ級8回戦を行い、判定勝利を収めます。

八重樫東 日本タイトルを獲得

2009年6月21日、松下IMPホールで、空位の日本ミニマム級王座決定戦を日本ミニマム級3位として日本ミニマム級1位の堀川謙一と争い、3-0の判定勝利で王座を獲得します。

2009年9月5日、4度目の王座挑戦となる日本ミニマム級1」位の金田淳一朗と対戦します。

金田淳一朗は高校アマチュアからの転向組で、嘉陽宗嗣と一緒に白井具志堅ジムの売り出し中だった選手ですね。

試合は激しい打撃戦となり、3-0の判定で王座防衛に成功します。

八重樫東はこの試合で、東日本ボクシング協会の平成21年9月度月間最優秀選手賞を受けます。

2010年5月1日、日本ミニマム級1位の武市晃輔との試合で、初回にダウンをするが、3-0の判定勝利で2度目の防衛に成功します。

そして2010年10月に結婚します。

当時の八重樫東選手はケガが多く、大橋会長からは結婚を機に引退を勧められたが、奥さんから、「もっとボクシングをしている姿を見たい」と言われ、現役を続けます。

八重樫東 WBA世界ミニマム級タイトル獲得

2011年10月24日、WBA世界ミニマム級王者ポンサワン・ポープラムック(タイ)に挑戦し、序盤から激しい打撃戦を展開し、10ラウンドTKOで勝利を収めて、4年ぶり2度目の挑戦で世界王座の獲得に成功しこれで岩手県出身の初の世界王者となりました。

ここからいきなりのビックマッチに挑みます。

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