高山勝成 30歳から高校入学!?韓国籍から帰化という噂やボクシングの試合について



高山勝成 30歳から高校入学!?韓国籍から帰化という噂や高山勝成VS加納陸の一戦!! ボクシング~最強のチャンピオン~
8月20日、加納陸との統一戦も控えている高山勝成選手。 彼のこれまでのボクシング人生はまさにボクシング界のレジェンドといってもいいでしょう。
日本人初の主要4団体での世界タイトルを奪取し、エディタウンゼントジムから名門グリーンツダ・そして現在長谷川穂積も所属している真正ボクシングジムと移籍も繰り返し、海外での世界タイトルマッチを行ったりと普通のボクサーが経験しない様々なことを経験しています。また、私生活でも30歳から高校に入学したりとまさに波乱万丈な人生を歩んでいます。今回はそんな高山勝成選手についてご紹介していきます。

高山勝成選手は日本のプロボクサーです。
第19代日本ミニマム級チャンピオンに輝いた後も、第10代WBC世界ミニマム級チャンピオン。元WBA世界ミニマム級暫定チャンピオン。第19代・第21代IBF世界ミニマム級チャンピオン。第15代WBO世界ミニマム級チャンピオンとなり、日本人として初めてWBA・WBC・IBF・WBOの主要四団体で世界タイトル奪取に成功した人物です。

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2016年8月3日現在の戦績は39戦30勝(12ko)8敗1無効試合です。

プロボクシングの世界で20戦を超えるとベテランです。
アマチュアなどの経験がない状態からプロデビューすると、全勝で順調に勝ち上がると大体20戦くらいで世界タイトルにたどり着きます。

その、倍の戦績があります。
高山勝成選手は16戦目に初めての世界タイトルを獲得しているので、そこから20戦以上世界ランカークラスの相手と戦い続けていることになります。

今回はそんな高山勝成選手についてご紹介していきます。

高山勝成選手30歳で高校入学!?

高山勝成選手はボクシングを現役で続けながらなんと30歳で高校に入学したそうです。
驚きですよね!
ボクシング引退後は教師になってボクシングを教えたいらしく、高校のあとは大学に進学することも考えているということです。アマチュアとプロではルールが違うけど、高山勝成選手ほどの選手ならばすぐにアマチュアのルールものみこんで素晴らしい指導者になりそうですね。
そして、愛知県の菊華高校というところに入学したそうです。

菊華高校では通信制でスポーツについて学んでいるのではとのことです。

やはり通信制なんですね。
高山勝成選手は30歳だし、やはり普通の高校に通うのは抵抗あったんですね。

それにしてもこの歳になって教師を目指すために高校に入学するというのはすごい向上心だと思います。

これまで様々な経験をしている高山勝成さんですから、生徒たちにも沢山の経験を話してあげることができて、慕われる教師になるんだろうなと思います。

高山勝成選手の韓国籍という噂やボクシングの試合について

次に高山勝成さんが韓国国籍から帰化していたといううわさについて。

ネットで高山勝成さんのことを検索していると、高山勝成さんが韓国国籍から日本に帰化しているといううわさがあります。
どこからこんなうわさが出てきたのでしょうか・・・。

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いろいろと調べてみたんですが、高山勝成さんが帰化したというどこにも見つかりませんでした。
これはきっとガセネタですね。
まあ有名になるといろいろと変な噂が流れることがありますからね。。

そして今話題となっている、2016年8月20日に行われる、高山勝成VS加納陸の試合はこちらをご覧ください。

長年日本ボクシング界を引っ張ってきたレジェンドボクサーと、日本では17歳からしかプロデビューを認められていないため、タイへ行き、16歳にしてプロデビューを果たし、17歳ではアジアタイトルまで獲得した天才加納陸の一戦についてご紹介しております。

そんな高山勝成選手のこれまでを振り返っていきたいと思います。

高山勝成 ボクシングキャリア

ボクシングとの出会いは中学2年の時に友人に誘われジムを見学したのをきっかけだそうです。

地元のエディタウンゼントジムに入門し、本格的にボクシングを始めます。

2000年10月18日、プロデビュー戦に4RTKO勝利を収めています。
・・・僕とデビューが同時期だ。。
あ、個人的なことですみません(笑) ちなみに僕は命からがらの判定勝ちでした( ^^)

2001年12月5日、全日本ライトフライ級新人王を獲得。 つまりデビュー1年でランキング入りですね!!
全日本新人王を獲得すると日本ランキングの最下位にランキングされます。
今は12位、当時は10位ですね!!

さらにその1年後、2002年10月14日、元WBA世界ミニマム級暫定チャンピオンであるソンクラーム・ポーパオイン(タイ)を10R判定で降し、世界ランキングに入ります。

デビューから2年目で世界ランキング入りは凄まじいスピード出世です。
通常順調に勝ち上がっていたとしても6回戦か、6回戦で2勝をあげてA級に昇格したばかりといったところですね。

なぜなら通常、4回戦で4勝しないと6回戦には上がれません。
そして6回戦で2勝しないと8回戦には上がれません。
そして、プロボクシングは新人王戦などを除いて通常年に3回ほどしか試合を行わないので全勝で最短コースを突き進んでもそのくらいのペースになってしまいます。

ただ、上の選手を倒せば下剋上が可能なのは当たり前で、そういった通常の例をあげるとわずか2年で世界ランカーがいかにスピード出世なのかはわかっていただけると思います。

また、わずか5戦で世界タイトル奪取に成功した田中恒成選手や6戦で世界タイトル奪取した井上尚弥選手がいかに特別な例なのかもわかっていただけると思います。

2003年4月21日、日本ライトフライ級チャンピオンである畠山昌人選手に日本タイトル初挑戦をしますが、9R逆転TKO負けでタイトル奪取は失敗します。その後、関西の名門、グリーンツダジムに移籍します。

高山勝成初のWBC世界タイトル獲得

2005年4月4日、世界初挑戦を果たします。
当時のチャンピオン、WBC世界ミニマム級王者イサック・ブストス(メキシコ)を12ラウンド判定に降し、初のタイトル獲得します。

この勝利で高山勝成選手は日本国内ジム出身50人目の世界チャンピオンとなります。

2005年8月6日には元世界ミニマム級チャンピオンのイーグル京和(角海老宝石 タイ出身)を相手に初防衛戦を行います。

結果は12R判定に敗れ、初防衛は失敗に終わります。この後、引退することも考えたそうですが、所属ジムの社長の勧めでタイへ旅行し、同僚の試合のセコンドを務めたりするうちに現役続行への意思を固めたそうです。

そこからはケビン山崎の指導をあおぎ、体幹トレーニングも取り入れはじめたそうです。

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2006年3月18日、小熊坂諭と日本ミニマム級タイトルマッチを行い、9R2分8秒で負傷判定3-0で破り日本ミニマム級チャンピオンに再び輝きます。

このタイトルは防衛戦を行わないまま6月16日に世界挑戦のため返上しました。

高山勝成・WBA世界暫定王座獲得

2006年11月7日、1位のカルロス・メロとWBA世界ミニマム級暫定王座決定戦を行い、10ラウンド負傷判定ではありますが、フルマークの判定で暫定ミニマム級タイトルを獲得します。

この暫定王座を獲得したことにより、2007年4月7日、WBAミニマム級正規チャンピオンである、新井田豊と統一戦を行うものの、1-2の判定で敗北し、暫定王座を失います。

そしてこの試合はリングを降りたあとにも引きずります。

同試合で高山選手が得られるはずだったファイトマネー350万円がわずか20万円しかもらえませんでした。

330万円も支払われず、グリーンツダジムを高山選手はJBCへ訴えます。
JBCの聞き取りの結果、グリーンツダジムには借金があり支払い能力が無いことがわかります。

通常プロボクサーの移籍にはかなり面倒なボクシング界ですが、JBCはこの結果を受け、通常のライセンス更新期限(3年)を待たず、移籍金なしのフリーエージェントでジム移籍を認める異例の決断を下します。

2007年10月2日、長谷川穂積選手も所属する真正ジムへの移籍を果たし、4日後の10月6日には再起戦をフィリピン国内ランカー相手に戦って10R判定勝ちを収めます。

その約3か月後の2008年1月5日にはタイミニマム級チャンピオンのガオフラチャーン・シッサイトーンに9RTKO勝ちを果たします。

2008年4月28日にはフィリピンミニマム級ランキング4位マーティン・キラキルに9RTKO勝ち!!

2008年9月22日、ライトフライ級契約でメキシコのハビエル・ムリージョと対戦し3-0の判定勝ちを収めます。この試合は世界前哨戦として、亀田興毅選手と世界戦を行い、疑惑の判定と話題になったファン・ランダエタと世界前哨戦を行う予定だったが右拳を負傷したという理由で、試合3日前にハビエルに対戦相手が変わったというアクシデントもありました。

高山勝成 ローマンゴンザレスとの対戦!

2009年7月14日、神戸ワールド記念ホールで、宿敵新井田選手からWBA世界ミニマム級王座を奪取したローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に挑戦します。

このローマンゴンザレス選手は2016年8月5日現在でもいまだ負けなしの、のちのパウンドフォーパウンドと呼ばれる最強のチャンピオンです。

あの井岡一翔選手が対戦を避けたという噂まである怪物チャンピオンです。

中盤には左ボディでゴンサレスを失速させる場面もあり、健闘しますが、練習中に2度にわたりカットしていた左目上の傷にパンチを受けて6Rに開くなどして終盤は追い込まれ、0-3の判定で敗れて2年3か月ぶりの世界王座復帰は果たせませんでした。。

JBCからの離脱

2009年11月16日、JBCへ引退届を提出し受理された[29]。2010年5月にはフィリピンのALAプロモーションと契約した上で[30]、5月22日に海外進出第1戦としてフィリピン中部セブ島で同国ライトフライ級ランカーのジェイソン・ロトニーとノンタイトル10回戦を行う予定であったが、ロードワーク中の負傷により中止となった[31]。

2010年9月1日、南アフリカ共和国ハウテン州ブラクパンでIBF世界ミニマム級3位のツシェポ・レフェレ(南アフリカ)とIBF同級9位として対戦。IBF世界ミニマム級挑戦者決定戦として行われたこの12回戦で6回TKO勝ち。同王座への挑戦権を獲得した[32]。

2011年1月29日、ブラクパンでIBF世界ミニマム級王者ヌコシナチ・ジョイ(南アフリカ)に挑戦。第3ラウンドに偶然のバッティングによって高山が右側頭部をカットし、試合続行不可能と判断したレフェリーが試合をストップ。規定のラウンド数を消化していないため無効試合となり、王座獲得はならなかった[33]。

2012年初頭にはIBF王座の獲得を第一目標に掲げ、WBO王座も獲得した後にライトフライ級へ転向してローマン・ゴンサレスにリベンジしたいと話した。山口賢一が主宰する大阪天神ジムで1月末まで下半身を強化した後、2月上旬からはセブ市にあるALAジムでスパーリング合宿を行った[4]。

2012年3月30日、南アフリカのイースト・ロンドンでジョイと再戦したが、5回にスリップ気味のダウンをとられ[34]、111-116が2者と110-117のユナニマス・デシジョンで勝利を逸した。高山は「序盤から終盤まで自分が試合を支配していた」と話し[35]、Fightnews.com(2010年のWBAの年間最高ウェブサイト賞を受賞)[36]は「満員の会場でリングサイドにいた観戦者の多くは判定が挑戦者支持であってもよかったという見方であった」と書いている[37]。

2012年10月13日、フィリピンベンゲット州ラ・トリニダードでマテオ・ハンディグ(フィリピン)とIBF世界ミニマム級挑戦者決定戦を争った。この試合にはIBFパンパシフィックミニマム級王座も懸けられていた[38]。高山はスピード、手数、攻撃性で上回ったが、序盤はハンディグが有効打でポイントを稼いだ[39]。プッシングで1ポイントの減点を受けたことが結果的に敗因となり、フィリピン人ジャッジ2者が113-114、残りのタイ人ジャッジが115-112と採点する僅差で1-2の判定負けを喫した[40]。ツシェポ・レフェレとの挑戦者決定戦からジョイへの2度の世界挑戦を通じて、ハンディグ戦までの経過は、それ以前の試合映像も含め、テレビ大阪の2度にわたるドキュメンタリー「彷徨う拳」として放送された[41][42]。

しかしこのハンディグ戦については、前後に義務付けられていた薬物検査に不備があったとの理由で、無効試合とはならなかったものの挑戦権は宙に浮いた形となった。IBFは高山とハンディグに対し、2013年2月16日に同国・パラニャーケで改めて同王座への挑戦権を懸けて再戦することを指示していたが[43]、これはハンディグの負傷により消滅。IBFは3月末までとした期限内での挑戦者決定戦実施が不可能となったことで高山の挑戦資格を認めた[44]。

IBF世界王座獲得[編集]

2013年3月30日、メキシコシナロア州グアサベでIBF世界ミニマム級王者マリオ・ロドリゲス(メキシコ)と対戦。試合は第3ラウンドにダウンを奪われたものの、強打の王者を相手に終始有利な展開で3-0(116-111、119-109、115-113)で勝利。IBF王座を3度目の挑戦で獲得し、世界王者復帰を果たした。4月1日にJBCがIBF正式加盟を果たす直前の快挙であった。日本人選手のIBF王座獲得は新垣諭に次いで2人目。暫定王座を含めると3団体を制覇した初の日本選手となった[45]。同日、石田順裕がモナコでの世界王座挑戦に失敗しており、日本のジムに所属する日本選手の国外での世界王座挑戦はこの時点で38戦連続で失敗となっている[46]。高山はJBC管轄外の選手としてIBF王座を獲得し、WBA世界同級王者宮崎亮との統一戦を希望しているが[47][48]、高山のライセンスについてJBC事務局長の森田健は、「今後、ボクサーライセンスの申請をすれば、資格審査委員会を開いてJBCとして世界王者として認めることになる」としている[49]。

2013年6月時点で仲里義竜ボクシングジムに所属しJBCにライセンスの再交付を申請しており、JBC復帰と日本人初のIBF王者としての正式承認を待っている段階にあった[50][51]。IBF王座の初防衛戦は2013年9月頃を予定している。高山の個人トレーナーの中出も仲里義竜ボクシングジムにマネージャーとして所属予定である[52]。

JBC復帰[編集]

2013年7月12日、JBCは資格審査委員会を開き、高山のライセンス再発行を決めた[9][10][11][53]。

2013年7月20日、自身のブログ上で9月10日にIBF世界ミニマム級王座の初防衛戦を大阪市立住吉区民センターで行う予定であると発表したが、8月2日に同ブログ上で準備期間と指名試合の兼ね合いを理由に初防衛戦の中止を発表した[54]。

2013年12月3日、ボディメーカーコロシアムでIBF世界ミニマム級1位のビルヒリオ・シルバノ(フィリピン)と指名試合を行い、3-0の判定勝ちで初防衛を果たした[55]。

2014年1月7日、2013年の年間表彰選手選考会に於いて、高山は努力賞を受賞した[56]。

2014年1月30日、高山のトレーナーの中出博啓がエディタウンゼント賞を受賞し、後楽園ホールで行われた第24回エディタウンゼント賞授賞式に中出と共に高山も出席し、「高山とは16年前にエディタウンゼントジムで出会い、グリーンツダ、仲里とエディさんにゆかりのあるジムで戦ってきました。エディさんにはとても及びませんが、これからも勝つだけでなく、選手の健康を守れるようなトレーナーでいたいと思います」と受賞のあいさつをした中出を祝福した高山は「これからもエディさんの魂を胸に戦っていきたい」と決意を新たにしていた[57]。

2014年、30歳にして愛知県名古屋市にある菊華高等学校に入学。山口賢一が同校のボクシング部の顧問に就任することや、中学校卒業後にプロボクサーとなったこと、指導者を目指すことから普通科のスポーツアクトコースで学ぶ[58][59]。

2014年5月7日、ボディメーカーコロシアムでIBF世界ミニマム級10位の小野心(ワタナベ)と対戦し、3-0の判定勝ちで2度目の防衛に成功した[60]。

2014年8月9日、メキシコ・モンテレイのモンテレー・アリーナでWBO世界ミニマム級王者フランシスコ・ロドリゲス・ジュニア(メキシコ)と王座統一戦で対戦するが、0-3の判定負けでIBF王座3度目の防衛に失敗し王座から陥落、WBO王座獲得に失敗した[61]。

2014年11月15日、WBOは最新ランキングを発表し、高山はWBO世界ミニマム級1位にランクインした[62][63]。

2014年11月25日、フランシスコ・ロドリゲス・ジュニアの王座返上に伴うIBF世界ミニマム級王座決定戦をIBF世界ミニマム級6位の大平剛と行うと発表した[64]。

2014年12月15日、WBOは最新ランキングを発表し、高山のランキングに変動はないもののフランシスコ・ロドリゲス・ジュニアの王座返上に伴いWBO世界ミニマム級王座が空位となった[65][66]。

2014年12月29日、同年8月9日に行われたフランシスコ・ロドリゲス・ジュニアとの間で行われたIBF・WBO世界ミニマム級王座統一戦はESPNドットコムのダン・ラファエル記者から2014年度の年間最高試合に選出された[67][68]。

IBF・WBO王座獲得[編集]

2014年12月31日、ボディメーカーコロシアムでフランシスコ・ロドリゲス・ジュニアの王座返上に伴い空位になったIBF・WBO世界ミニマム級王座決定戦をIBF世界ミニマム級6位でWBO世界ミニマム級2位の大平剛(花形)と対戦、7回2分24秒TKO勝ちを収めIBF王座返り咲き、WBO王座獲得に成功し日本人初の主要4団体での世界戴冠に成功した[69]。

2015年1月6日、後楽園飯店で行われた2014年の年間表彰選手選考会に於いて、高山は上述の大平戦に勝利し日本人初の主要4団体での世界戴冠に成功したことが評価され、殊勲賞を受賞した[70]。

2015年1月10日、WBOは最新ランキングを発表し、上述の大平戦に勝利し王座を獲得した高山はWBO世界ミニマム級王者としてランクインした[71][72]。

2015年3月2日、WBO世界ミニマム級王座を返上した[73][74][75]。

2015年4月22日、大阪府立体育会館でIBF世界ミニマム級9位のファーラン・サックリン・ジュニアと対戦し、偶然のバッティングにより高山が両目蓋をカットし試合続行不可能となり、9回2分19秒、3-0(86-85、90-81、87-84)の負傷判定勝ちを収め初防衛に成功した[76]。

2015年9月27日、エディオンアリーナ大阪でIBF世界ミニマム級10位の原隆二(大橋)と対戦し、8回1分20秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[77]。

2015年12月31日、エディオンアリーナ大阪でIBF世界ミニマム級8位ホセ・アルグメドとと対戦したが8回終了時1-2(86-85、2者が84-87)の負傷判定負けで3度目の防衛に失敗し王座から陥落した[78]。

そして2016年8月20日、WBOミニマム級タイトルをかけて加納陸選手と王座決定戦を行います。
若い加納選手とベテラン高山勝成選手との1戦、どちらが勝つか楽しみです!
今日はここまでで終わります。
ありがとうございました。


加納陸VS高山勝成 国内最年少世界チャンピオンなるか!?

ボクシング 森坂嵐 プロフィール・出身や高校など。リオデジャネイロオリンピック バンタム級代表!

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