藤 猛 デンプシーロールを使うリアル幕の内一歩!? | ボクシング界最強のチャンピオン達~チャンピオン名鑑~



藤 猛 デンプシーロールを使うリアル幕の内一歩!?| ボクシング界最強のチャンピオン達~チャンピオン名鑑~
ボクシング 世界スーパーライト級チャンピオン藤猛
とにかく前に出る超攻撃型のスタイルからKOを量産するパワーパンチャーです。  はじめの一歩の主人公・幕之内一歩の必殺技、デンプシーロールの使い手としても有名です。
“ハンマーパンチ”藤 猛
生涯通算戦績:38戦34勝(29KO)3敗1分

藤猛はアメリカ合衆国 ハワイ州ホノルル出身の日系3世です。
まさに幕の内一歩のような典型的なファイター型でオーソドックススタイル(右利き)です。

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高校卒業後は米軍人となり、海兵隊時代はアマチュアボクシングをしていました。

戦歴は 
米国ネバダ州大会優勝 カリフォルニア州のゴールデン・グローブ大会優勝 戦績:132戦116勝16敗

ゴールデン・グローブ大会とは、アメリカで行われる、1927年から続く伝統的な大会です。

マイク・タイソンやモハメド・アリなど、全米代表やプロの一線級となる選手も数多く輩出している伝統的な大会で、チャンピオンを目指す者の登竜門のような存在となっています。

全米の各地30カ所で開催され、勝ち上がると全米王座を決める「ナショナル・ゴールデン・グローブ大会」に出場します。

つまり、藤猛が優勝したのはインターハイ(ゴールデングローブ大会)に出るための地区予選のような考え方をすればわかりやすいと思います。

ただ、ゴールデングローブ大会とインターハイでは大会の規模もレベルも雲泥の差ですけどね。

藤猛日本プロボクシング界入りのきっかけ

そんな藤猛が日本のプロボクシング界に入るきっかけは、実は著名なプロレスラーである力道山が関係してきます。

力道山は、現役時より「プロボクシングへの進出」を常々考えておりました。

当初、力道山自身がボクシングを自分の弟子に教え、プロデビューさせるという計画でしたが、この頃日本ボクシングコミッションが「他のプロスポーツの興行に関わることを禁ずる」という規定にかえたので、力道山は会長にもトレーナーになることはできませんでした。

ちなみにこの規則は現在も変わらず続いております。

なので、力道山の「リキ」という名前を残した「リキボクシングジム」を設立し、力道山自身が所有するビルにそのジムを作りました。

そしてその利器ボクシングジムの会長は力道山の息の掛かった人間に就かせました。

しかしその会長は格闘技経験もなく、ボクシングを教えることもできません。

そういう理由から昭和37年に当時ハワイでボクシングトレーナーとして実績のあったエディ・タウンゼントを連れてきてトレーナーに就かせました。

そしてそのエディタウンゼントと藤猛は、藤猛の父親・藤井武雄がエディのスパーリングパートナーとして親しかったこともあり旧知の仲でした。

当時藤猛は太りきった肥満体でしたが、エディのトレーニングによってウェルター級まで減量させます。

そして以前のアマチュアボクシングの実績も考慮していきなりB級ライセンスを取得し1964年4月にプロデビューを果たします。

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ハンマーパンチ・藤猛 日本でプロボクシングの世界へ

1964年4月14日にデビュー戦を迎えます。

相手はいきなり日本ランカーが用意されました。
当時日本ミドル級5位の後藤実でしたが、アマチュアで100戦以上経験し、ネバダ州ゴールデングローブ大会で金メダルを獲った藤の力の前では無力でした。

わずか2ラウンドで豪快なKO勝ちを果たし、プロ初戦を華々しく飾ります。

そのわずか1年2か月後、65年6月17日、空位の日本スーパーライト級王座決定戦に出場する機会を得ます。

ランキング1位の笹崎邦華雄と、当時ランキング3位の藤猛でこの王座を争われます。

この試合は1ラウンド45秒、わずか2発の右フックで勝負は決まりました。

日本タイトルマッチという華やかな舞台で、初のテレビ放映もついており、この衝撃的なKO劇に全国のボクシングファンにこのハンマーパンチを知らしめた一戦でした。

藤猛東洋太平洋タイトル獲得 

1966年9月には東洋太平洋スーパーライト級タイトルに挑みます。

当時のチャンピオンであるロッキー・アラーデは決して弱い相手ではありませんでしたが、藤猛の敵ではありません。

この頃藤はヘビー級チャンピオン・ジャックデンプシーが編み出したデンプシーロールを習得していました。

この技は漫画・はじめの一歩でも出てきますが、頭部で「8」の字を横にしたような軌道を描きながらローリングしながら相手に接近し、勢いをつけて連打を叩き込むパンチです。

藤は足を使った器用なボクシングはできませんでしたが、このローリングによって相手に的を絞らせずパンチをかわし、3ラウンドにはノックアウトでチャンピオンを倒しタイトルを奪取します!

翌年1967年4月30日には世界タイトルに挑戦するチャンスをつかみます。

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チャンピオンサンドロ・ロポポはローマオリンピックで銀メダルを獲得するという華麗なテクニックを持ち、そのテクニックの前では藤のラフなボクシングは通用しないというのが事前予想でした。

チャンピオンは軽快なフットワークで藤のパンチをことごとく空転させます。

そして早くて細かな左ジャブを的確にヒットさせ、ポイントを奪います。

しかし、藤猛は2ラウンド、玉砕覚悟で全身から殺気を感じさせるような猛攻をかけます。

藤の強打がチャンピオンの顎をとらえたとき、チャンピオンはキャンパスに倒れます。

その後立ち上がったチャンピオンに藤は襲い掛かります。

狂気のごとく左右のフックを武器にチャンピオンに襲いかかり、左フックで再びロポポロは倒れこみます。

ここまで追い込まれても敗北を拒否するチャンピオン。

三度立ち上がりますが、ロポポロは力なくロープへ後退します。

その時セコンドはロポポロを守るためロープ越しに抱きつきチャンピオンを守ろうとしますが藤の勢いは止まりません。

ついにレフェリーが割って入り、藤はついに世界の頂にたどり着きます。

この時藤が発した言葉が、「大和魂」
ハワイから来た藤は日本人すら忘れかけていた日本人の魂を奮い立たせてくれました。

この後藤は初防衛には成功したものの、2度目の防衛戦で二コリノ・ローチェに敗れ王座を陥落します。

生涯通算戦績:38戦34勝(29KO)3敗1分。

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松本亮 | 病気も手術し完治のイケメンボクサー

マニーパッキャオ、東京にジム設立 | パッキャオジム・トーキョージャパン

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