鬼塚勝也 ボクシングを追求しトレーニングに没頭した男 | ~BOXING 世界チャンピオン名鑑~


鬼塚勝也 ボクシングを追求しトレーニングに没頭した男 | ~BOXING 世界チャンピオン名鑑~~

ボクシングを極める為、常識はずれのハードトレーニングを自らに課す。鋼の精神力と豊富なトレーニング量。
疑惑の判定と囁かれたタノムサク・シスボーベーとの一戦。
鬼塚勝也の現役時代、名言や引退後の結婚・絵画作品や個展・現在はスパンキーK・セークリット・ボクシングホールというボクシングジムを経営。
プロボクシング戦績:25戦24勝(17KO)1敗

鬼塚勝也。

ボクシングの世界チャンピオンというと子供のころからヤンチャで、元から腕力がある人が大半ですが、鬼塚の場合は逆で、幼少期は喘息を患い身体が弱く、強さへの憧れからボクシングを始めました。

その決して強くはなかった身体を修行僧のようなハード・トレーニングで鍛え上げ、自身のすべてを懸けて全勝のまま世界タイトルまで獲得したボクサーです。

端正な顔立ちで女性ファンも多く、90年代のボクシング界のカリスマです。

 辰吉丈一郎・ピューマ渡久地とともに平成の三羽烏と呼ばれていました。

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目次


鬼塚勝也 ボクシングの出会いとアマチュアキャリア


中学の頃からボクシングジムに通い始め、高校時代は福岡県の豊国学園高校でボクシング部に入ります。

ここでもボクシング部の練習が終わった後にジム通いを続け、休日には他校のボクシング部へ行き練習に参加するなどストイックにボクシングに打ち込みます。

その成果もあり、3年の時のインターハイは後の世界チャンピオンである川島郭志に敗れ3位に終わるが、2年生でインターハイ・ライトフライ級で優勝を果たすなど輝かしい実績を作り上げ、ボクシングの下地を作り上げます。

また、春休みには東京へ出向き、自らの足でジムを回りプロに転向するボクシングジムを見て回ります。

そこで訪れた協栄ボクシングジムでスパーリングした時に鬼塚がプロの選手をKOする姿を見て、トレーナーの古口哲が卒業後に協栄ジムにスカウトをし、協栄ジム入りを決めました。

アマチュア最終戦績:43戦 38勝(20KO・RSC)5敗

高校在学中にプロテストを受け合格し、卒業式後には上京しプロ入りします。

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鬼塚勝也 | プロ転向・新人王トーナメントにエントリー

卒業からおよそ1カ月後にはプロボクシングのリングに上がります。

1988年4月18日、鬼塚はプロデビュー戦をわずか1R 1分53秒KO勝ちをかざります。

わずか113秒で試合を終わらせ、ダメージも負わずに終わったことからすぐに2戦目が組まれます。

1988年6月20日に2戦目を行い、またしても1ラウンドでKO勝利。

2連続1ラウンドKO勝ちと同時にここで東日本新人王トーナメントにエントリーをします。

ボクシング界の新人王トーナメントというのは、このトーナメントで優勝し、全日本新人王に輝くと日本ランキングの最下位(当時は10位)にランクインすることもあり、チャンピオンの登竜門と呼ばれる大切な大会です。

現在ではアマチュアの全日本ランキングに名前があるものや高校でも全国タイトルを獲得した選手や40勝以上のキャリアがあるものは出場の権利がないなど、除外の条件がありますが、以前は問題なく参加できていました。

この新人王トーナメントの特徴はとにかく試合の間隔が短いことがあげられます。

なにしろ全日本新人王までのトーナメントを1年間のうちに全てこなさなければならないのですから当然試合の間隔は短くなります。

しかし勢いのある鬼塚にはそういった心配は一切必要なく、東日本新人王の決勝戦こそKOは逃しますが、他の試合はすべてKOで試合を終わらせ、7戦7勝(6KO)という全勝の戦績と全日本新人王(技能賞獲得)・日本ランキング10位という肩書を手にしてしまいます。

日本ランキング10位というのは日本タイトルへの挑戦権があるということ。

鬼塚はわずか1年足らずでトップボクサーの仲間入りを果たします。

鬼塚勝也 日本タイトル奪取!

鬼塚勝也 日本タイトル奪取!

全日本新人王獲得後お鬼塚の快進撃は続きます。

1990年5月22日には「世界ジュニアバンタム級タイトルマッチ前哨戦」と銘打たれ、山口県の防府市公会堂で前東洋チャンピオンである杉辰也と当時12戦12勝11KOの新鋭鬼塚勝也との対戦!

アマチュアでインターハイ優勝などの実績を持ち、プロ入り後も全日本新人王に輝き、12戦全勝・日本ランキング1位という無敗の新鋭鬼塚と、地方というハンデを抱えながら勝ち負けを繰り返しながらランキングを上げ続けてきたたたき上げの杉。

しかし試合は一方的な展開でした。

鬼塚の的確なブローが数多く決まり、杉野顔面は変形し、それでも前進を止めない杉。。

殴られても殴られても勝負をあきらめずに前進を続けましたが、7ラウンド2分24秒。

セコンドからのタオル投入で勝者は無敗の新鋭鬼塚勝也でした。

この試合で世界ランカーを破ったことにより鬼塚は世界ランキングをもぎ取り、実力をさらに証明します。7

初のロサンゼルスキャンプでは当時のIBFバンタム級チャンピオンやWBC・IBF統一ライトフライ級チャンピオンであるウンベルト・ゴンザレスなど有力選手のスパーリングパートナーなども務める機会に恵まれます。

そして1991年10月15日、当時の日本スーパーフライ級王者で後にあの伝説的名チャンピオン・カオサイ・ギャラクシーの持つWBAジュニアバンタム級タイトルにも挑戦することになる中島俊一に挑み、10R TKO勝ちを果たし、タイトル奪取に成功します!

そのタイトルは3度の防衛を果たし、ついに念願の世界タイトル挑戦に駒を進めます。

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鬼塚勝也VSタノムサク・シスボーベー 疑惑の判定と囁かれたタイトル奪取!

1992年4月10日。

鬼塚はついに念願の世界タイトルマッチの日を迎えます。
チャンピオンはタノムサク・シスボーベー。

1992年4月10日。 東京体育館で行われました。

この時僕はまだ小学生で、テレビで試合を観戦したことを覚えています。

解説は白井義男さんと具志堅用高さんでした。

今ボクシングの世界戦をテレビ中継するときはいきなりリングの上からスタートすることがほとんどでしたが、この時代の世界タイトルマッチは両選手の紹介・練習風景・入場から国歌吹奏まで放送されていました。

試合はタノムサクが序盤から強打を振るっていくのに対し、鬼塚は下がりながらもパンチを返す展開。

まずこの下がりながらというのが一般受けしなかった理由の一つかもしれません。

ボクシングの採点で一番に重要視されるのはクリーンヒットの数です。

前に出てもパンチを当てなければ意味がないのですが、やはりボクシングのルールを知らない人たちは前に出続けているボクサーを評価します。

そしてもう一つは鬼塚が中盤に鼻血や右目上をカットし流血を始めます。

血を流しても採点には影響ないのですが、これも一般受けはしませんよね。。

序盤は鬼塚はいい所なしだったと思います。

もしかしたらフルマークでタノムサクにつけた厳しい採点もあったかもしれませんね。

しかし、厳しいトレーニングと鋼鉄の精神力を持つ鬼塚は中盤から粘りを見せます。

豊富なスタミナで手数を出し、決してあきらめません。

後半に差し掛かるとタノムサクがスタミナ切れしたのか、完全に鬼塚がペースをつかむことになります。

前半あれだけ劣勢に立たされ、体力も奪われた後半に盛り返すという鬼塚の気迫・精神力は凄まじいものがありました。

最終ラウンドはタノムサクのカウンターをもらう場面が多く、劣勢に立っていたと思いますが、後半は明らかに鬼塚のペース。

前半のタノムサク・後半の鬼塚。

注目の採点は115-114,115-113,116-114とジャッジ3人が3者とも鬼塚を支持します。

この試合で鬼塚は疑惑のチャンピオンということで世間に叩かれますが、僕は特にそこまで酷い内容には見えませんでした。

亀田興毅の初の世界戦の時もそうでしたが、ボクシングは各ラウンド完全に独立して採点するので、ボクシングの採点のルールを知らない一般の人とジャッジの採点では食い違いが出てくることがよくあります。

亀田興毅VSファンランダエダ・そしてこの鬼塚勝也VSタノムサク戦はその典型ではないでしょうか。。

鬼塚勝也VS松村謙一 | 初防衛戦は日本人対決!!

1992年9月11日。
初防衛後「疑惑の判定」と叩かれた鬼塚勝也が初防衛戦に臨みます。

挑戦者は松村謙一。

全日本社会人選手権で優勝し、プロ入り後、鬼塚とタイトルを争ったタノムサクをはじめ、あの伝説的チャンピオンのカオサイ・ギャラクシーと2度も対戦したというたたき上げの選手です。

東洋太平洋タイトルも3度の防衛に成功しております。

1990年にもタイトル挑戦のチャンスに恵まれましたが判定で敗れ、4度目の世界挑戦となります。

4度も世界戦を組まれるということは十分に奪取する可能性があるとジムに見込まれた実力者である証拠です。

その松村謙一をみごと5ラウンドTKOで破り、チャンピオンにとって鬼門ともいわれる初防衛に成功します。

鬼塚勝也VSアルマンド・カストロ カオサイからダウンを奪った強打の挑戦者

1992年12月11日。
鬼塚勝也は保持するタイトルの2度目防衛戦を行います。

挑戦者はランキング1位・指名挑戦者のアルマンド・カストロ。

この選手はあの伝説的チャンピオンであるカオサイ・ギャラクシーからダウンを奪ったこともある強打者です。

試合は初回にいきなりカストロの右のパンチを食らいピンチを見せるが次第にリズムを取り戻したチャンピオンは反撃を開始!

激しい乱打戦を制し勝利をおさめます。

鬼塚は明らかにポイントリードしているにも最後まで逃げずに相手と激しく殴り合い、鬼塚のプライドと強さを証明した試合となりました。

この試合が鬼塚のベストバウト(最もよかった試合)といわれています。

それ以降5度の防衛に成功します。

その中には疑惑の判定といわれたタノムサクとの再戦も含み、さらにその5回の防衛の内なんと3回はランキング1位の選手と戦っています。

1994年9月18日。

6度目の防衛戦でTKO負けを喫し、翌日に網膜剥離で引退を表明。

長い戦いの歴史に幕を閉じました。

鬼塚勝也 生涯戦績
プロボクシング戦績:25戦24勝(17KO)1敗
アマボクシング戦績:43戦38勝(20KO・RSC)5敗

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